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若手俳優オタクが30超えて

観劇オタクの若づくりおばさん奮闘記

茶の間ちゃんウォーズ⑸

茶の間ちゃん、それはいつだって自分が一番推しのことを考えていると思っている。茶の間ちゃん、それはどこかで、推しくんに全力投球するガチオタを見下している。そして上から目線でポエミーなことを言う…それはただ、自分が頑張れないだけなのに、努力できないだけなのに、何やかやと綺麗事をポエムに変換して投げつけてくる…

これは、友人がそんな茶の間ちゃんだと気づかず、マウントを取られていても咄嗟に殴り返せなかった呑気な30女の実話です。

前回チケ取りで茶の間の本性が露呈し、衝撃を受けた若づくりおばさん。もうこいつとはチケ取りやってられん!と決意し、いざ推しくんの舞台がやってきました〜!開幕したらほんと予想以上で、仕事で行けなかった1日を除きしっかり通うことができました。
自分の推しがほぼ主演のポエ美はどうしていたのでしょう。まぁ来てました、2回。ポエ美の推しさんがメインverとそうでないver1回ずつ。まったく来ないよりマシじゃん?うん、そうかもね。ポエ美のこの発言がなければね。

「今回はね、1回ずつって決めてたの。推しが死ぬ役だってわかってたから。推しが死ぬ姿はそう何回も見れないなって」

あ、これまで断って来なかったけど、ポエ美の発言に脚色はありません。てにをはや語尾くらいは違うだろうけど、ほぼ原文ままです。この発言、どうですか?結論から言っちゃうと、私は通う人をバカにしてんだなって思いました。推しを一番大切に想っているのはワタシ。心が綺麗で感じやすいワタシは、大好きな推しが死ぬ姿を何回も見るなんて無理。通えるなんて本気で推しのこと好きとは思えない。推しが好きなら死ぬ姿なんて見れないはず、というポエミー理論。
ポエ美は同担とうわべだけの付き合いでキャッキャするのが大好きなタイプなんだけど、ポエ美の同担さん、その人いい人なんかじゃ全然ありませんよ。心の中で頑張って通ってるアナタのことdisってますよ。見下されてますよ。早く気づいてください。

ある俳優さんを推しと明言するならば、舞台に通う人が一番すごい、というのが私の信条です。もちろん回数が全てじゃありません。仕事とか家庭とか色んな事情で1回しか行けなくても、1回行けば充分だと思う。でも、1回しか行かない人より複数回行ってる人の方が断然すごいんです。手間かけて劇場に通って、チケットという正式な対価を支払って推しくんの頑張ってる姿を眺める。我々1ファンの応援って、応援してます!っていうリプライなんかじゃなくて、しっかり人ひとりぶんの座席を埋めて、推しくんの姿を見届けることだと思うんです。体はどう頑張ったってひとつだから、あとはもう通うしかないんです。
好きだから、死ぬ姿は見れない。その気持ちはわからんでもない。でもそれはあくまで役ですよ、推しくんそのものが死ぬ世界線を魔法少女みたく何回も繰り返させられてるとかじゃないでしょ。なんなんだ、その現実と舞台との混同は。
私は知ってたんです、ポエ美がお金がなくて舞台に通ってこないこと。土日当日券も出てたのに、買おうともしてなかったこと。私が観ている開演時間内に、このイタリアンで待ってます!ってラインしてきたこと。パスタ食べたいって言ったの私だし、おしゃれなイタリアン探してくれてありがとう美味しかったわ。でもそんなことするなら、友達が今舞台観てる!ってわかってるならラインとかやめようよ。機内モードにした上で電源切ってるからいいけど。すぐそこの劇場で推しくんが頑張って働いてて、当日券もあるのにイタリアンを探してぼーっとしていられる気持ちが、ごめん全然理解できない。私なら行けないのに劇場に近づかない。チケットないこと悔しいし、観れない自分が腹立たしいから。
こんな考え方の私より、通ってる同担さんより一番推しさんのことを想っているのは、ポエ美ちゃんなんですって。だから私は言いましたよ、さすがポエ美ちゃん !推しさんのこと愛してるね!って。行動の伴わない愛なんて、愛じゃないって思ってたけど。